という言い回しをよく見る。私もそう思う。
でも、私は、絵を描いたり、アクセサリーを売る画策をしたり、美味しい物を食べに行ったり、テレビやニコ動で笑ったりしている日々を送っている。
昭和19年ごろを舞台にしたドラマやドキュメンタリーを見ていたとき、「あぁ、もう少しで、何もかも終わる日が来るのに、みんな何も知らないで過ごしている。訓練なんて、やっても無駄な努力をしている」と今まで感じていたが、
今の時代も、数十年後振り返れば同じように感じられるのかもしれない。
どんどん汚染が進んでいるのに、のんきに暮らしている庶民たち、いい加減な政治家たち、と思うのかな。
その頃、日本は今の形をとどめているのかしら?
放射線の汚染の話にふれるたび、やっぱりどこか怖くて、完全に正面からは受け止められず、目をそらしていつもどおりの生活をしようとする。
でも、野菜を買うとき、牛乳を買うとき、ふと考える。大丈夫かな?
すごく天気が良くてきれいな青空で、気持ち良い風が吹いてきたとき、うれしいのに、どこか悲しい。
「あぁ、もうこの世界は汚染されてしまったんだ。私が生きてる間には、前みたいにきれいにならないんだ」
3/11を過ぎて、日々痛感するのは、
人間、普段の生活をかえることは難しいということ。私自身も含めて、物理的なことだけでなく、気持ちの面で本気で代わるのは難しい。自分自身の弱さや他人の本音にぶつからなくていけないことも増える。
人生長いけれど、どんなに長く経って100年。残り数十年なら、なんか適当に我慢して誤魔化して生きていけるような気さえする。
でもやっぱりそれじゃ駄目だ。駄目だってあの事故に遭遇して思ったんだった。
替えなきゃ。
NHKでこんなアンケートをやっていました。
NHKスペシャル “フクシマ後”の世界 ~私たちは原発とどう向き合うのか~
私は「4. 全て廃止すべきだ」に入れました。
今、原発で生活している人たちに対して、都会で暮らしてきた自分がこう言うのは、大変身勝手だとは思うけれど。
私が生きてる間に、せめて廃止だけは見届けたい。
廃止にしたとしても、後片付けにはいったい何百年かかるか分からないのだから。
#どこかに漠然とした夢は抱いています。今は科学技術が悪者の風潮がありますが、やっぱり私は科学技術に対して夢があって、あこがれを抱き続けています。
いつか、放射線をきちんと処理できる画期的な技術が、できないかなって・・・ははは。
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